だからやりたくなかったんだ。
٩(*Ü*)нёιιο!
kurico.です•ᴗ•
たぶん私の中心は今、地域猫活動。。。
だな。
もちろん優先すべきことは家庭ですが、それ以外で、です。
ユイを保護してウチの子にした時から地域猫の実態や様々な問題を目の当たりにするようになり。
団体から声をかけられるまで、実はワタシも地域猫活動をやってみたいと思っていたんですけどね。
でも相当な覚悟がないとできないとわかっていたから、なかなか心を決めることができずにいました。
先日、車を運転中にある所で足を引きずって歩いている猫を見たんですけどね。
胸がキューっと締め付けられ、涙目になってしまう•̥ - •̥ぅʓ
なんとかしてあげたいけど、してあげられない葛藤です。
ぶつけようのない悲しみというか、切なさというか、辛さというか。
飼い主のいない猫(野良猫)たちをすべて救って幸せにしてあげたいと心から思いますが、残念ながらすべてを救うのは不可能です。
自分の中で、できる事できない事を明確に理解しなければ命あるものに対してのボランティアはできない。
そうだ、こういう切ない思いをするのがわかっていて、それがイヤだったから覚悟を決められなかったんだ、ワタシ。。。
と、ハッと思い出しました。
今はこういう子をなくすための地域猫活動。。。
という思いをより一層強くするわけですけども𓈒𓂂𓇬
でも、地域猫活動を通じて、悲しい思い、悔しい思い、辛い思い、これはずっと繰り返すのだと思います。
これに鈍感になってしまえば本当のボランティアはできないと思います。
もちろん、楽しいこと、嬉しいこともたくさんあるけどね(*´罒`*)
ワタシはユイを我が家に迎え入れたことをきっかけに猫の可愛らしさを知って、猫が大好きになりました。
けれど、ワタシは猫好きだから地域猫活動ボランティアをやっているのではないのだよ。
って感じのkurico.です。
この子たちからはたくさんのことを教えてもらっていますᗢᘏ୭
首輪にヒモを付けられて公園に捨てられた黒猫チャオ。
贔屓はいけないんですけどね、一番下の黒猫チャオはワタシのお気に入りなんです。
🐾
🐾
🐾
猫活動を通じて、以前よりも人との距離がかなり近くなったkurico.。
やはり家族以外の人と繋がることも大事だと思う今日この頃です。
家族内でのルール、許し、常識非常識と、外の世界でのルール、許し、常識非常識は違うということ。
世界が狭くなると、周りへの不満や、なにごとに対しても疑ってばかりになるのは何故でしょうね。
あのまま「別に人と関わらなくてもいいや」と思って生活していたら、心が貧しくなっていただろうな。。。
って思うんです。
ワタシの場合ですけどもね。
人はひとりでは生きていけません。
絶対誰かに助けられながら生きている。
自分からの目線と、客観的な目線、色んな視野がなければ、とあらためて思ったりしてるkurico.です。
ではまたごきげんよう
*˙︶˙*)ノ"﹡Տҽҽ վօմ⁎*✩